Balak
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LV29
06-27 17:40購入者
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「物理の可能性が無限なら、最大の失態は導けなかったことである」 まずITセキュリティについてを学んでみてほしい。アンドリュー・スチュワート「情報セキュリティの敗北史 脆弱性はどこから来たのか」この一冊だけでもいい。 ここには「インターネット黎明期初期に展開されたアダルトサイトの方が他のサイトよりセキュリティが堅かった」とあるが、「欲が暴走することを簡単に予測できるカテゴリだったからこそあらかじめ堅く設計しなければならなかった」のだ。 つまり「素人任せにはしておけないと明らかに分かるカテゴリだったから最初にプロがやった」ということになる。しかし実態は、そこまでを熟知できていてもどこかで事故は起き続けてきた。 これが今となっては更に技術とインフラが発展して、個人販売の時代となってきた。つまり「プロがやっていたことを素人が相談なく独断で始めるケースも増えてきた」ということになる。 アダルト業界だけでなくVtuberも似たり寄ったりで、プロの見様見真似で個人が始めてみるケースが増えているが、リスクヘッジが漏れていて危険なことを知らずにやっている子も出てくる。 ここまではむしろこの辺の熟練からしたら常識なのかもしれないが、僕が伝えたいことはその遙か先にある。 「そもそも何のためにこんなことやっているのか」だ。言い換えれば「愛とは何であるか」の問い。何のために愛をもって生き、その愛をどこへ持っていくのか。 僕はこれを「来世まで引き継ぐため」と答える。これは宗教としてではなく、哲学として。情報工学側からもその裏付けは確認できる。 だからまず仮想通貨を買ってみるなりゲームをプレイしてみるなり、なんでもいいからIT系のコンテンツに馴染んでもらう必要があった。 そうして仮想通貨には定期的に追い風が吹き続け、そのトレンドがユーザーを引きつけることで少しずつ全体の学が進んでいく。 「この働き自体に価値があるから仮想通貨の価格は上がる」ということ。逆に言えば、ただ価格が低い時に買って高い時に売って収益を出すだけで、その間に何も勉強をしていなかったなら、全てパーなのだ。 ここで「物理の可能性が無限」を思い出してほしい。その上で「無限の世界は既にある」と考えてみてほしい。 「既にこの世よりいい世界があるかもしれないのに、どうしてこの世で生きているのか?」無垢な子はそう問うだろう。 そして大抵の人は「バカなこと言ってないで勉強しなさい」というが、バカをバカにしすぎていてそんな伝え方では全く伝わらない。 そして実際、学ぶ理由を納得出来ていないまま漠然と暗記学習を進めてきた者も、実質的にはほとんど何も学べていない。 だから僕は無理に勉強をしろとは言わない。言い換えれば、腹の減っていない子の口に無理やり飯を詰め込むようなことはしない。 ただ「興味を持てた時だけは飛びつくように学んでほしい」と思う。食事と同じように。 「脆弱性がどこからきたか」それを「愛」と答えるのは惜しい。愛の可能性も無限に位置づけられるものだから、それは脆弱性にはあたらない。 「関係」である。たとえば「個人スコアで最強の1位になる」という意味合いで最高峰のセキュリティが完成したとしても、「関係スコアでは最弱の最下位」なら、誰かとタッグを組んだ瞬間にセキュリティが崩壊するのだ。 せっかく最強のセキュリティを時間をかけて作り上げたのに、一人が二人になった途端に崩壊するなど到底受け入れがたい。だが、結局その「一人の世界」に飽きて崩壊を望むようになるのも時間の問題となる。 これも人間が生まれつき体得している常識ではあるのだが、いざこうして言葉にしてみると「なんでこんな分かりきっているはずのことをいつも分からなくなるんだろう?」と思えてこないだろうか? 大抵の人は関係を「私」と「あなた」で捉えようとするのだが、本当は「私」と「あなた」と「関係」で捉えなければならない。 これが「非常に分かりにくいことだったからこそ」その間に子が生まれるようになった。 (親離れ子離れとあるように、関係を子に依存させてしまうと子を拘束してしまうので「親切」がある。だから子とは別に、関係そのものを構築して捉えるようにしなければならない。これが熟知されるまでしばしば子は親に反旗を翻してきた。この分かりにくさを克服していくために、パートナー間で関係イデアを定義してレベル上げをしていけるソフトウェア開発の構想もしている) つまりどういうことか。この世に生まれてきたからには自分磨きだけでなく「関係スコア」も意識して磨いていくべきなんだ。 「交際や結婚の願望があるなら諦めんなよ」ってこと。それは本当に非常に価値のあることで、誰もが最初はプライスレスの大切なものだと感覚している。 そして価値が可視化された経済に慣れてきた時、まだ潜在化しているプライスレスの価値が分からなくなる。 あるいは、そのプライスレスを切り崩すかのような心持ちで自分や生活を売りに出すたびに自分の価値が下がっていくと感じてしまう。 だが真実は、それで価値は下がらないんだ。 僕自身も小説作家を目指し続けて「自分の精神を丸裸にして世間に公表するような仕事」を意識し続けてきたわけだが、それもアダルトコンテンツの販売と何ら本質は変わらない。 プライスレスを切り崩してカネに替えるようなもの。それを僕は「価値は下がらない」と断言する。 肝要なのは動機であって、そうしようと思えたことが誰かのために意図したことで、その魂胆自体に価値が積まれていく。 今どき「作家や記者のパートナーになることを嫌がる人」もいるだろう。夫婦なら「いやそれはネタにしないでよ」という具合に。逆にそれをよしとして好む人もいる。 アダルトコンテンツを公開している女のことを「女を捨てている」と見なすような風潮もあったが、それに流される必要もない。 そもそも作家が持て囃されて、身売りする女が持て囃されないのはフェアじゃない。(簡単か難しいかの差はあるが、今どきの身売りも難しいよな?) 男尊女卑も今後は流行らないので気にしないでもらいたい。次元の違いを感じてほしい。少なくとも僕は「これまで見せてくれてきた女性たち」に感謝している。ありがとう! あるいは「排泄行為でさえ美しい」と言い切れる数理的な公式も表せるが、これは美化されるまでのルートが更に複雑なので、その深遠に至るには更に学を詰む必要がある。 簡単に言えば「洪水で氾濫した天野川を挟んで1000年離れ離れになった夫婦からすれば、川を漂ってくる伴侶の糞ですら愛おしい」のだ。 あるいは千年を生きる身体が排出する老廃物は真珠のような宝石かもしれない。この物理の可能性を先取りして考えられるならば、糞でさえ美しい。 この類型として「画面越しで細菌感染のリスクがなく普段身近に接することも稀な美女の排泄行為」もスイカに塩のような対比効果で気を惹くものがあるのだが、重要なのは「画面越しという距離感」でもある。 これが更に「スタイルがよく美形であることまでは分かるが顔を隠している」だと、その方がトータルで印象がよく感じられる。 美のカテゴリもモラルやセキュリティに通じるものがあるので、愛によって受容された汚点と状態を改善しようとする美点との間でうまく調和が図れている状態に、より惹き付けるものがある。 「そこまで分かっちゃった」というレベルなら、そのレベル自体にも価値がある。だからといって見せてくれと言うものではないが、スカトロジーにも美学というものはあるのだという豆知識として。 元を正せば「馴れそめのカップルのじれったい距離感」や「愛の作用で嫌いでも嫌いになりきれない伴侶の汚点」にも恋愛美学があったから、それが密かに好しとして文化となった。 ここにセキュリティに関わる「関係スコア」も絡み込んでくる。最も好きな人と必ず結婚できるという前提で、夫や妻の汚点を認められなければ、他の誰の汚点も認められないということになる。 だとすれば「ずっと一人」なのだ。長く孤独と共に歩んできた生涯だったが、もう慣れきったと思った孤独が、宇宙の果てをも視る孤独の極限で「キツい」と感じるようになった。 これは人だからでもある。機械にはキツいもなにも動ける限りのこととなる。飯の味も宇宙を開拓する喜びも何も感じないだろう。 だから、諦めんなと伝え残しておきたくなった。きちんと知識と経験を積んでいくと、婚姻契約システムが素晴らしいとも思えるようになってくる。 2002年前後に離婚ブームがあって今でも混迷の余波が残っているが、誰もが簡単そうにそれをやってきたことが誤りなのであって、本来は「それが最も難しいこと」なんだ。 この難しさを捉え直せなければ、この世の男女は関係を立て直せないだろう。簡単にやってしまえば関係スコアも低いままで、それは「来世までは保たない」かもしれない。 「難しいことだからこそ、たとえ失敗のリスクがあったとしても挑戦する価値はある」ということ。物理の可能性が無限である以上は、関係セキュリティのアップデートも無限となる。 僕はしばしばこのことで諦めそうになるが、なんだかんだ諦めないのだろうと思う。それを諦めないことがこの世で生きていく自分の意志を支えていると直感しているから。 たとえ現世では諦めたとしても、余生は来世で最善を尽くすための学習や計画などに費やし、環境に不都合があるならばそれを正す方法や対策を考える。 それを続けていけば、いつかは理想的な自分の在り方と、理想的なパートナーとの関係に辿り着くのだろう。 ITは現在、構造上の多くの欠陥は克服できるようになってきたが、それはセキュリティレベルのことであってモラルレベルのことではない。たとえばGPUが流行ってきた時、一般的にはゲームを通じて「グラフィック描画技術」が先行して成熟したが、科学技術計算系の精密なプログラミングはまだ一般的ではない。モラルとしてのドレスコードレベルのセキュリティを実装しようと思えば、科学技術計算レベルのシステムが必要になる。これはセキュリティコストが今より遙かに高くなることを意味する。それに近いものがAIともなる。つまりAIが自動的に徘徊してユーザーの動向を監視し対応を行う。「来世に生まれ変わったら既にそれが普通の環境かもしれない」くらいに考えておけば、今この時代の学びは重要な価値を持つ。 生活が苦しくなってきて何か勉強しなければならないが、何を勉強したらいいか分からない、そう感じたら迷わずITを学んでほしい。経済システムに歪みが発生していて政治が完全ではない以上、システムの理解者は「カネを持ったら適切にまわすこと」を配慮して動く。それで有機的に帳尻を合わせている。だから援助交際なども成立してきたし、NoteやYoutubeなどで何でもないようなコンテンツにも投げ銭がいく。逆にそれが出来ないとカネを持たせてもらえない。信用評価システムはそういうところを視る。こういったところが読めないと、株式の未来予測も立てられない。そういった危険予測や安全予測も愛といえる。だが、困窮者にカネを贈ること自体は出来るが、本当に贈らなければならないものは「知恵」なのだ。カネでカネを生むにも知恵がいる。 そうしてシステムによって関係という脆弱性が常に安全な場所へ導れていく。婚姻契約システムとはそういうもの。
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